
↑ 出入口より見たトーチカ内部
出入口付近の左右に砲側庫がある。正面奥が砲座。床面には、火砲を固定するための駐鋤溝が確認できる。
厚和生活会館から南に約800m進み、そこで牧場を経営するY様の了解を得て、さらに牧場内を北東へ650m程進むと、厚和トーチカ1に到達する。(マップ上のピンの位置に残存している。)
※2005年の調査時には、牛が飼育されている牧場を横断すると、背丈ほどに伸びた藪地が現れ、片道約400mの藪漕ぎをしなければならなかった。途中、電気柵を2~3回程飛び越えなければならず、さらに、電気柵を飛び越えた着地点が、小川か溜まり水となっていて苦労した。Google Earth Proを使って確認すると、その後、牧草地が北東方向に広げられており、藪漕ぎしなければならない距離は片道150m程度に短縮されたようだ。それでも、作業着・軍手・長靴は必需品であろう。

↑ 藪に覆われたトーチカ (砲眼側)
カムフラージュされていて見つけにくいが、2本の通気筒が露出しているので、これを目印にトーチカを目指す。
↑ トーチカの南面
藪に覆われて、砲眼が見えないが、こちらが正面側。
↑ 砲眼
上部のコンクリートから、針金が出ているのが確認できる。
↑ 砲眼から見たトーチカ内部
容易には接近できない場所にあるため、内部の保存状態は良好であった。砲座には、四一式山砲の車輪を置くための円形の溝と、砲を固定するための扇形の駐鋤溝が確認できる。
手前に見えている円形の溝の中心には、謎の丸太が残っている。これはいったい何なのでしょうか?
仮説① 溝をつくる過程で必要で、砲の設置前に撤去するつもりだった?
仮説② 砲を回転させる際の中心点として、目印にしようとしていた?
ご存知の方がいれば、教えていただきたい。

↑ 背面出入口と上部に残る2本の通気筒


↑ 鹵獲され、カナダのオンタリオ州ロンドンにあるThe Royal Canadian Regiment Museum(カナダ王立連隊博物館)に展示されている、四一式山砲(歩兵用)
1908年(明治41年)に試製され、1911年(明治44年)に制式採用された、分解・運搬・組立や操作が容易な大砲。当初は山砲兵連隊に配備されていたが、後継の九四式山砲への切り替えに伴い、防盾を改修して歩兵用に転用した。歩兵連隊につき4門ずつ配備されたため「連隊砲」と呼ばれていた。対戦車用成形炸薬弾である二式穿甲榴弾を用いて、米軍のM4中戦車を撃破することが可能であった。
口径 75mm 砲身長 1,300mm 砲重量 535kg 高低射界 +25°~-8° 方向射界 左3.5° 右2.5°
初速 360m/秒 最大射程 6,300m 弾量/弾薬筒量 3.95kg/4.77kg(二式穿甲榴弾)
放列砲車の全長 3,380mm 繋駕砲車の全長 4,152mm 車轍間隔 1,000mm
※画像はWIKIMEDIA COMMONSより引用。

↑ 厚和地区のトーチカの配置


↑ 近くにある「厚和トーチカ2」の真上に立つYファームの倉庫とその内部
Yファームの御主人によると、「厚和トーチカ2」は破壊せずに地中に埋め、その上にこの倉庫を建築したとのこと。下の写真の床下(地中)に現在もトーチカが眠っている。